依田恭平の自己紹介

学生時代

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こんにちは。
依田恭平(よだきょうへい)です!


今日は学生時代のお話です。


小学校・中学校は地元所沢の公立の学校に
高校は隣町の公立の学校に通いました。


うちの両親は特に子供に対して、
特別教育熱心だったわけではなく


『自分の好きにやったら良いよ』
というようなスタンスの人だったので、
自然と公立の学校に進むことになりました。


私の成績は特段良かった訳ではなく、
テストの点は平均的に70点くらい。


(小学校のテストで70点は結構低いかもしれません。)


ただ、唯一90点以上をずっと取っていた教科が社会科でした。


地理も歴史も政治経済も全部好きで、
本を一回読めばスッと頭に入ってくるのです。


当時の自分もこれには不思議で
「なんでこの教科だけ覚えられるんだろう?」という感じでした。


昔からそうなのですが、興味のある分野に関しては
物覚えも良くて、習得もとても早い自負がありました。


『好きこそ物の上手なれ』とはまさしくこのことです。


この時はまだ、自分が医療の世界に進むなんて
夢にも思っていなかったわけなのですが、


医療の分野というのは私の中で、
勉強ではなく興味関心なのです。


よく分厚い医学書とか読んでいると、
「よくそんなの勉強できるね!」とか周りから言われるんですが


これはただ単に興味がある。
だから知りたいという欲求なのです。


勉強になると×
興味関心だと◯


これは学生時代にはっきりと自分の中で分かりました。


さて、話は学生生活の時のことに移ります。


幼少の頃からそれはそれは、空気の読める子だった
依田少年の学生生活は一体どうだったのでしょう?


一言で言うと『そんなに楽しくなかった』というのが本音です。


「学生時代は良かったなー」
「もう一度あの青春時代に戻りたい」


学生時代をこんな風に振り返る人もいますが、
私はそうは思わないんです。


それはなぜなのか。


空気が読める性格が災いしたのか、
学生の頃は無視やいじめに遭いました。


靴に画びょうを入れられるとか
トイレで水をかけられるとか


そういう類のものではありませんでしたが、
イジメのレベルというのは他人には計れないものです。


外部から見たらそうでもないかもしれませんが
本人がどう感じるかの世界ですし、
そういう意味では私はとても苦労したと思います。


書けること、書けないことがあるので
その辺はまあ、察して欲しいのですが。


そこそこ嫌な経験をしてきたわけです。


小学校、中学校、高校
どこに行っても大体似たような扱いを受けてきました。


『我慢をすればいずれ、過ぎ去るだろう』


当時の私はこんな風に思っていましたし、
何より小さな頃に本気で喧嘩などしてこなかったから
怒り方が分からなかったのです。


自分の中では確実に不満や怒りが渦巻いている、
けど発散することができない。


その結果、鬱屈とした気持ちがどんどん募っていき、
小学生の頃はストレスで太っていました。


それと同時に拍車をかけるように
学年が上がるにつれて、私はどんどん無口になっていったのです。


大げさに言うと『うん』『そうだね』『確かに』
この3言葉くらいしか発した記憶がないです。


当時のことを今になって思い返してみると、
まるで『空気が読める人』から
『空気そのもの』になったような、、、


そんな感覚でした。


ただ、この学生時代の一見マイナスに取れる出来事が、
実は私が医療の道に進むきっかけとなったのです。


『社会に出たらみんなより絶対に活躍してやろう』


漠然とですがこう思った私は、他の人に負けない
自分の得意なことを意識し始めたのです。


この頃がちょうど高校2年の秋口の時。
みんなが進路を考えている時に当たります。


大学や専門学校、就職など、
いろんな進路の選択肢がある中で


私の進路決定の判断基準は
『自分の活躍できることってなんだろうな』でした。


『良い点をずっと取っていたし社会に関することかな?でも他にもあるような、、』


『自分の興味関心のある分野はなんだろう?』


考えた結果、私が出した結論は、、、


<次回へ続く>

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